長谷川智彩(截金師)

プロフィール

截金師きりかねし   長谷川 智彩はせがわちさい
工芸雅号こうげいがごう  長谷川 天幸はせがわてんこう

1969年3月、京都生まれ
銅駝美術工芸高校在学中に大仏師・松本明慶まつもとみょうけい氏に出会い、仏師の仕事の一つ、彩色さいしき截金きりかねに魅せられる
卒業後、松本工房に入り、文字通り寝食を忘れて鍛錬を積み、卓越した彩色・截金の技を習得する

2008年、截金師として新たな展望を求め、拠点を東京に、そして現在は神奈川県三浦で制作活動を続けている

截 金きりかね

截金きりかねは、中国大陸や朝鮮半島から仏教や仏教美術とともに日本に伝えられ、平安時代から鎌倉時代にかけて飛躍的な発展を遂げました。室町時代以降は衰退していきますが、沢山の仏像や仏画に施された截金作品が残っています。日本では、法隆寺の玉虫厨子たまむしのずしに截金が使用されていて、これが国内に現存する最古の截金作品とされています。

截金は、金箔きんぱく(銀箔・プラチナ箔 等)を数枚焼き合わせて厚みを持たせ、髪の毛より細く直線状に切ったものを筆と接着剤を用いて貼り模様を表現する伝統技法です。

金箔は、金を一万分の1mmまで薄く延したもので、これを2枚焼き合わせ、さらに両面に1枚ずつ焼き合わせを繰り返します。
直線の場合は通常4〜5枚の厚みにして使用します。

左手の筆先に金線を巻き取り、右手の筆で糊を付け、彩色した神仏に貼り付け輪郭や模様を描いていきます。

この気の遠くなるような緻密で繊細な柄は、ため息が出るような美しさです。

この匠の技、たくさんの方に知っていただき、日本の素晴らしい伝統技術を後世に残していきたいですね。 

メディア 出演

NHK BS プレミアム 
2012年5月30日 21:00~22:00
極上美の饗宴 ボストンの日本美術超傑作2「平安仏画 驚異のきらめきの秘密」

截金師 長谷川 智彩さんが、実際に現地のボトン美術館に行って「馬頭観音」の作品を見ながら解説し、作品の調査に関わった様子と、日本に戻って馬頭観音の截金を再現した様子が綴られた特別番組 です。

平安時代に描かれた馬頭観音は、体以外のほぼ全てが輝く金の模様・截金きりかねで描かれています。救いを求める祈りを光に託し、細い線で埋め尽くす程「成仏」が叶うと平安女性の間で広まっていきました。馬頭観音を飾る截金の優美な光は、激動の時代、心の平和を求めた女性の祈りの証だったのです。

通常、截金の幅は0.1mm位ですが、馬頭観音は0.08mmという更に細い截金が施されていました。

截金は両手に持った2本の筆を操り行う技です。筆の先に巻き取った金の線を、糊をつけたもう一方の筆で画面に貼り付けていきます。金がこれほど細い(0.08mm)と下書きをすると線が見えてしまう為、作業は全てフリーハンド。滑らかな曲線を描くよう金の線を筆で微妙にコントロールしながらのせる超絶技巧です。1日かけて出来上がったのは、わずか5cm四方。気の遠くなる程時間のかかる作業の連続です。

当時の絵巻物には金泥きんでいという金の絵の具が使われていました。
金色に見えても金泥は光をあまり感じませんが、截金は強い光を放っています。この光を求めて、細いのに強い光を放つ、手間のかかる截金が使われていたのです。

細くても切れない強度を生み出すため、金箔は炭火の上で炙ったものを4枚貼り合わせて作ります。この時炭の熱で金箔が縮み、表面に無数の小さな皺が寄った状態になります。この皺に光が乱反射するため、截金の線は強い光を放つのです。

黒い線が浮き出ていたので原因を探るため、500倍の顕微鏡撮影が行われ、平安時代の装飾にこのような合わせ箔が使われていたことが、今回初めて分かりました。

仏の足元では、金箔と銀箔を合わせた合わせ箔で、白味を帯びたやや明るい光。
中央の仏の体には、金独特の赤味のある強い光の金。
後背は、たくさんの光が反射して微妙に黄色い色調になっていて、足元と背後の明るい金が中央の仏を一層引き立てます。

弱い光が斜めから当たっている時、細い截金の線は背景に溶け込みよく見えませんが、角度を変えて斜めから見ると圧倒的な線が現れます。
控えめに見える時、華やかに輝く時、極細の金がわずかな光を捉えて煌めきます。

馬頭観音は、光を当てる角度や仏を見る角度によって驚くほど表情が変わり、見え方の変化が際立つ驚きの仏画でした。

個 展

京都 小丸屋ギャラリー(2018年 11月)

千手観音菩薩せんじゅかんのんぼさつ
「千手観音菩薩」は、正式には「千手千眼観自在菩薩」ともいい、生きとし生けるもの全てを救う慈悲を持つ仏様です。
千の手と手のひらの千の眼によって悩み苦しむ衆生を見つけては手を差し伸べる広大無限な功徳と慈悲から、観音様の中の王を意味する「蓮華王れんげおう」とも称されています。
通常光背こうはいの光は赤で描かれますが、今回は邪念を通り越したもっと高温の青白い炎を表現するため、ラピスラズリの美しい瑠璃色るりいろで彩色されており、荘厳さが一層感じられます。

左の写真は、母校の京都市大宮小学校百周年記念に寄贈した「天女」の一対
(2018年10月 京都市篤志者として表彰)

銀座 清月堂画廊(2014年 2月)

2014年、東京銀座で第1回
曼荼羅まんだら・神仏画展」を開催。
この時の「両界曼荼羅(金剛界・胎蔵生)」は、肉眼では認識できないほど細密な截金超絶技巧が施され絶賛される。

展 示 会 ( 工芸雅号 長谷川天幸 ) 

横浜 高島屋 展示会 (2024年8月)

横浜 高島屋 展示会  (2023年 1月)

横浜 高島屋 展示会(2023年 8月)

作  品  

実来宝截金みらいほうきりかね( 工芸雅号 長谷川天幸 ) 

実来宝截金みらいほうきりかね というのは、長谷川さんが10年以上前から制作されている7角形の図柄の名称です。

殺菌効果が非常に高く医薬品にも使われているヒノキチオールは分子記号が7角形で、自然界に存在するのはこのヒノキチオールだけという不思議な7角形。

7角形は認識されにくい形で、よく6角形か8角形と勘違いされてしまう不思議な形。
長谷川さんはこの不思議な7角形という形に魅了され、6角形や8角形の絵柄が多い中、あえて技術的にもかなり難しい7角形の作品制作をされています。

この「実来宝截金」は、長谷川さんが「截金作品は従来の繊細すぎる扱いから、もう少し身近に触れていただきたい」との思いから研究を重ねて完成した手法で、漆を何度も塗り重ねているので、繊細に施された截金にも神経質にならずに扱うことができます。
繊細で美しく扱いやすいことから、茶道の席や会席料理などにも使うことができる「截金」と、高い評価を得ています。

仏 画 ・ 曼 荼 羅

仏 像

仏師・松本明慶氏の仏像に、截金師・長谷川智彩氏による截金

(出典 : 松本 明慶 作品集)

ちょっと 豆知識 ! ( 日本画 の 絵の具 )

岩 絵 具いわえのぐ

岩絵具いわえのぐは主に鉱石や岩石を砕いて作られた粒子状の絵具。
岩絵具の細かさは1番から13番までの番号で表し、番号が大きいほど粒子が細かく、表面の乱反射が多くなるので白っぽくなります。
色数も多くなくカラフルではありませんが、北斎の時代からずっと使われている優しい色合いの絵具で、古くは高松塚古墳の壁画にも使われていたそうです。
智彩さんは全色揃えていらっしゃるそう、さすがですね!

水 干 絵 具すいひえのぐ

水干絵具すいひえのぐは古くは泥絵具と呼ばれ、山から採取した土を水で精製して不純物を取り除いた後に板状にしたもので、微粒子で伸びが良い絵の具です。
以前は限られた土の色でしかなかった泥絵具ですが、現在は顔料を加えることで豊かな色彩が作れるようになり、岩絵具に比べて混色性に優れているので色数は無限大とのこと。
たくさんの色があるので、天幸さんはとりあえず使う色だけ手元に置いておいて、必要に応じて出していらっしゃるそうです。

胡 粉ごふん

日本画に使う白い絵具は胡粉ごふんと呼ばれ、牡蠣・蛤・ホタテ等の貝殻から作られます。
主成分は炭酸カルシウムで、微粒子でなめらかで艶のないマットな質感が特徴です。
胡粉は白い絵具としてだけではなく、地塗りとして使用し発色をよくするなど日本画の絵具の中でも重要な働きをします。